聞き書き「テニス自分史」vol.2 隊長
聞き書き「テニス自分史」vol.2
宿敵カリスマを倒すために転職した僕
~テニスを始める前はネクラで内気だった~
YouTubeレッスン動画4.7万回視聴回数達成
隊長 こと 小椋 等
[まえがき]
1980年6月生まれの僕がテニスを始めたのは、大学1年の18歳の時。今でこそ、YouTubeに出演するようになってから、無駄に顔と名前が売れていて、県外の試合に行っても知らない方たちから声をかけてもらえるようになったり、写真撮影をお願いされたりすることもあるけれど、テニスを始める前の僕は、実はネクラで内向的な性格だった。
テニスを始めても下手くそな僕は、いつもみんなに馬鹿されていた。でも僕はテニスを辞めようとは1度も思わなかったし「テニス馬鹿」とも言われたりもしたけれど、誰に何を言われてもテニスを辞めなかった。
今回「テニス自分史」が始まるということで、こんな僕の話でも誰かの役に立てたら、誰かの「気づき」になってもらえたら、そしてなにより、1人でも多くのみなさんにテニスの良さが伝わればよいと思った。もし僕の話で誰かがテニスに興味を持ってテニスを始めてもらえたら、僕は本当に嬉しいと思う。
2025年2月吉日 小椋 等 こと 隊長
[テニスを始めたきっかけ]
僕はマルセロ・リオスに憧れて、18歳の時にテニスを始めたんだ。
マルセロ・リオスはチリ出身の左利きの選手で、若くして引退してから20年経つけれど、あのフェデラーが参考にしていると名言したり、ここ100年?の中で、身長175センチ以下で世界一になった唯一の選手で、僕が偉そうにレクチャーしているジャックナイフは、実はマルセロ・リオスがはじめて開発したんだよね。
リオスのドロップやジャックナイフが本当に素晴らしくて感銘を受けた僕は、リオスみたいになりたいと思った。リオスを完璧にコピーしたら、リオスみたいにうまくなれるのではないかと本当に思っていた。
だから毎日リオスの動画をみて研究したり、素振りしたり練習したり努力していた。でも、そんな僕を見てまわりの人は「できるわけがない」「時間の無駄」「やめておけ」と言って批判する人が多かった。
それでも辞めなかったのは、テニスを始める前まで僕はネクラで内気だったので、子供の頃から何一つ長続きをせず、何一つ頑張ったと胸を張れることがなかったから、テニスだけでも結果を残してみたいという強い思いが芽生えたからだと思う。
テニスって不思議だと思う。子供の頃は父親が卓球をやっていて実業団レベルだったから、英才教育を受けていたけれど、その卓球よりも僕はテニスに夢中になってしまった。
[宿敵カリスマとのヤジ事件]
この地区で草トー界の「カリスマ」と呼ばれている、草トーでの優勝回数が多数で非常に有名な男がいるけれど、僕が大学2年の秋、ダブルスの準決勝でカリスマの1学年上の先輩2人と対戦中、フェンス越しにカリスマにヤジを飛ばされた。
今でも忘れられない。僕にとってはとても悔しい出来事だった。18歳からテニスを始めて、ヤジを飛ばされたのは19歳のとき。僕のテニス人生に火をつけた男と言っても過言ではない。「こいつに勝ったらテニスを辞めてもいい」と本気で思わせてくれた男。僕のテニス人生はそこから始まったと思っている。だから、テニスに専念するために大学も中退した。
そのカリスマとたくさん試合するために、実は途中で仕事も転職した。転職したほうが、カリスマと対戦できる試合に行けたから。初めての勝利は15年ほど前。今ではあの時、ヤジを飛ばされたからテニス人生の目標ができ、ここまでテニスを続けられたと思っているので、カリスマには本当に感謝している。
[親友チャンプとの出会い]
今、「日本一試合に出る男」と言われているYouTubeに出演していて有名なチャンプという男もいるけれど、実は最初、偉そうな態度だから大嫌いだった。
だから、チャンプがいない大会に出ようと、旭ヶ丘に行ったりウィンズに行ったりしたけれど、どこに行ってもチャンプがいて・・・。旭ヶ丘のチャンプとの戦いが死闘で脚が痙攣していたけど、7-5で僕が勝って握手したときに
「お前、脚痙攣しながらでも強いな。一番弟子にしてやる」
と言われたのが、親友チャンプとのご縁。今となっては僕にとってチャンプは、唯一無二の大切な親友。人から誤解されやすいところもあるチャンプだけど、とても深い人間味がある。僕がこんなに尊敬できる一生の親友と出会えたのも、テニスのおかげだと思ってる。テニスを辞めていたら、こんな素晴らしい親友とも出会えなかったから。
[YouTubeに出演の転機]
ネクラで内向的な性格の僕が引き込んでいられなくなったのは、3年ほど前から出演しているYouTubeのおかげ。その頃、登録者数15人しかいなかったYouTubeをスタートしたてののだっちから、僕のレッスン動画の撮影を頼まれて、そのときの初回の動画がバズってしまった。現在も視聴回数更新中で現時点で4.7万回を記録している。いろんな方に声をかけてもらえるようになったし、本当に人生が180度変わったと思ってる。
僕はタレントではなく、YouTubeに出演しているだけの一般人だけど、テニスをしていることで、たくさんの人間関係が広がって今の仲間に出会えた。テニスをしていなければ、出会えなかった今の仲間は、僕にとってはかげがえのないもの。それはやっぱりお金で買えない「宝」だと思う。だからこそ、僕を大切にしてくれる、今の信頼できる仲間を大切にして、今後も一生テニスを続けていきたいと思っている。
[あとがき]
自分の人生に影響を与えてくれる人たちとの出会いは、とても貴重なものだと思っている。
僕はどんな小さなことでも、自分に対して何かをしてもらった恩は一生忘れないし、人との引き合わせとか、そういうことをしてくれたことに対しても、人生においてはかなり貴重なことだと思うので、人から受けた恩は一生忘れてはいけないと思って生きている。
人生を充実させるための「繋がり」は本当に大切だと思うし、その「繋がり」ができるのはやはりテニスだからだと思う。そこから広がった人間関係も、もちろんテニスをしていなかったら得られていないし、今の大切な仲間たちとも出会えていなかった。だからこそ、テニスの素晴らしさを実感せずにはいられない。
今はネクラで内向的な性格だった自分を変えてくれたテニスが、人生の素晴らしさを教えてくれたことを本当に感謝している。テニスは社会人になっても始められる。だからこそ、まだテニスを始めていない人にも、僕の話でテニスに興味を持って始めてもらえたら、僕がそのきっかけになれたら、本当にうれしいと思う。
聞き書き「テニス自分史」vol.2
隊長 こと 小椋 等
取材・文・編集
月の砂漠プロジェクト 心美
0コメント